読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

黄色い目の魚 佐藤多佳子著 新潮社 2002年

 ひとりの少女「私」村田みのりと、ひとりの少年「俺」木島悟を描いた連作短編集。

『りんごの顔』:「俺」木島悟は10歳。産まれてこの方会ったことのない(いや、そんなことないけど覚えてない)父親・テッセイから連絡が来た。子供と会いたいというその電話に、母さんはデカい目をむいて怒ってる。母さんから散々父さんの悪口を聞いて育った妹・玲美は怯えてしまい、結局俺は一人でテッセイと会うことになった。飲んで喰って泊まったテッセイの家には、油絵のキャンバスがぎっしり飾ってあった。俺はテッセイにりんごのデッサンを習う。

『黄色い目の魚』:「私」村田みのりは、両親や姉と反りがあわない。マンガ家兼イラストレーターの叔父さん・通ちゃんのアトリエに毎日のように入り浸っている。中学校のクラスメイト、いじめられっ子の美和子とクラスで浮いてる私はいつの間にやらワンセットで行動していた。うじうじした彼女を庇ってケンカしていた私はHRで吊るし上げにあい、思わず美和子にひどいことを言ってしまう。

        …本当にひどいのはクラス委員の女の子だと思うんだけど。

『からっぽのバスタブ』:高校二年。通ちゃんは今、姪っこをモデルにした『Mのこと』と言うエッセイ漫画を描いている。10歳くらいの頃の私がモデル。自分でも忘れていたようなエピソードを、虚実入り交ぜて描く。あとは、ティーンズ向け雑誌「あぷりこっと」の表紙イラスト。クラスメイトには木島がいる。いやァな感じで似る似顔絵をよく落書きしている。美術の時間、偶然向かい合わせに座った私と木島は、お互いを描くことになった。

『サブ・キーパー』:サッカー部の三年生が引退して、「俺」木島悟が正GKになった。…と思ったら、今までのキャプテン・本間さんが7月まで残る、と言い出した。次期キャプテン・進藤も俺も、有難いような迷惑なような複雑な感じ。以前美術の時間に描いて以来、村田のこともすごく気になっている。本間さんの前で初めて80分プレーした後、俺は本気でスケッチブックに向かう。

『彼のモチーフ』:木島の家に誘われた「私」。彼は私を描きたいと言う。叔父さん・木幡通の話題から、通ちゃんの描いている女の子が木島も知っている女の人だと判る。カフェ「ハーフ・タイム」で働く似鳥。木幡の絵を嫌いだと言う似鳥に私は腹を立て、すっかり酔っ払って通ちゃんチに転がり込む。

『ファザー・コンプレックス』:毎日夜中まで絵を描いて、サッカーにも授業にも身が入らない「俺」。妹の玲美は子持ちの40男と結婚する、と家を飛び出してしまった。日曜日、試合に負けてしまったことも相まって、部活仲間とも母親ともぎくしゃくしてしまう。似鳥と一夜を過ごした夜明け、俺は心がガタガタに壊れた玲美を見つける。久しぶりにスケッチブックを開いて絵を描き、玲美と話し合った次の日、俺はサッカー部に戻る。

        …玲美の相手の40男はちょっとどうかと思うぞ; 
        「“できない”ことがわからない」本間さんは、本当、ありがた迷惑(苦笑;)。

『オセロ・ゲーム』:通の家にいる似鳥を見て逃げ出す「私」。風邪を引いて倒れている通の看病を、似鳥に託す。木幡通の個展を木島と見に行った帰り、木島は私に「好きだ」と告白する。でも。同時に、似鳥とのことも聞いてしまう。

七里ヶ浜』:村田を描き続ける「俺」。偶然木幡通に出会い、通の村田への想いを知る。俺は村田に絵を見せるために、七里ヶ浜を走る。…

 途中からゆっくり時間を掛けて読みました。これは読み飛ばしていい話じゃない。読み返しをするだろうけど、初読を何より大切にしなきゃいけない気がして。
 私にもちょっと変わった独身の叔父さんがいます。みのりのように親や兄弟と反りがあわなかった訳じゃないけど、「叔父さん」といるときの、ある種無責任な楽しさは知っている。
 みのりのこの、痛々しいほど真っ直ぐな清々しさ、媚びない故の無愛想さ。「村田に嘘はつけない」と思う木島も真っ直ぐで、逃げそうになるけれど、しっかり前を向く。
 そんな木島と並んでいたくて、通ちゃんチに通うのをやめるみのり。
 ――「通ちゃんチにいると、私はどっかが育たない気がする」――
 何の苦もなく軽やかに大人になる子もいれば、もがいて足掻いて大人になる子もいる。みのりにとっては何より悲壮な決意に、胸が痛くて、愛おしい。
 みのりはまだ、美和子と文通してるのかな。主役二人が「木島」「村田」とお互い名字で呼び合うのもいいな。
 もうバスタブには戻れない代わりに、逃げること、誤魔化すことを覚えてしまった私には、何ともまぶしいお話でした。