読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

一度きりの大泉の話 萩尾望都著 河出書房新社 2021年

「大泉に住んでいた時代のことは封印していました。しかし今回は、当時の大泉のことを初めてお話しようと思います」(前書きより)。

全352頁、12万字書き下ろし。未発表スケッチ多数収録。
出会いと別れの”大泉時代”を、現在の心境もこめて綴った70年代回想録。
             (出版社紹介文より)

 竹宮惠子さんの回想録『少年の名はジルベール』と対を成す一冊。萩尾さんは竹宮さんの著書を読んでいないそうですが、こうも呼応するとは。お二人共、記憶力が凄まじい。
 …こんなにもお互いの評価と自己評価が違っているとは。それは萩尾さん本人もそうですが、竹宮さんも。
 竹宮さんの中では、「萩尾さんは原稿を描けば雑誌に載せて貰える」「自分は好きなものを自由に描かせてもらえない」「それは自分に人気がないから」だった論法が、萩尾さんの中では「竹宮さんは才能と人気に溢れ、先輩からの覚えもめでたい看板作家」「自分は巻末作家で、比べるべくもない」。…とにかく、萩尾さんの自己評価が低い。 ただ漫画が描けるだけで幸せで、人と比べるなんて思いもしない。「嫉妬と言う感情がよくわからない」、に対する山岸涼子さんの言葉が「ええ、萩尾さんにはわからないと思うわ」…うん、自分にある程度自信がないと嫉妬も起きないと思う。全て自分が至らない、自分が努力しようで片付くだろうから。
 盗作疑惑について問い質され、驚いて言葉も出ない萩尾さんを見て、竹宮さんはおそらく萩尾さんは本当にそんなことは思ってもいなかった、と悟ったと思う。その上での「忘れて」で、「距離を取りたい」。…これを言葉のまま受け取ってしまった萩尾さん、ショックの度合いが分かろうというもの。…不器用で、繊細で。
 増山法恵さんお薦めの本や絵や映画を二人とも見て、取捨して、違う所を吸収して、吐き出す。舞台設定などが似ているだけでざわつくのは今も昔もそうで、熱烈なファンの中には心が狭い、思い込みの激しい人もいるでしょう。ラブコメ全盛とか、ヤンキー上等とか、錬金術師どっさりとか、作者の中にはずっとあったものでも、出された時期が重なれば二匹目のドジョウと思われかねない。実際、二匹目のドジョウの場合もあるのが苦しいとこですが。

 萩尾さんがこの本を書かれた動機が動機なので どうしても竹宮さんとの話を中心に見てしまいますが、佐藤史生さんや山田ミネコさん、木原敏江さんに美内すずえさん、和田慎二さんささやななえこさん等々 錚々たる面々との出会いや交遊も書かれています。どれも敬意に満ちて、でもユーモラス。萩尾さんの作品の裏話が載っていたり、漫画への立ち位置や価値観が記されていたりするのもミーハーに面白かったです。

 『きのう何食べた?』の「ジルベール」への言及があったりして、よしながさんどう感じられたかなぁ。作者間で連絡は取られたとは思うけど、これからこの名を見ると萩尾さんを思い出して 一呼吸要りそうだなぁ、と余計なことに思いを馳せました。