読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

流浪の月 凪良ゆう著 東京創元社 2019年

 2020年本屋大賞受賞作。
 ネタばれあります、すみません;

 あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。
 再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。
 新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。  (折り返しの紹介文より)

 家内更紗は、自由で独特の感性を持つ母とそんな母を愛する父に育てられた。だが、8歳で父親が亡くなって以降、母親はその哀しみから抜け出せず男遊びに走り、一年後、更紗を捨てて出て行ってしまう。更紗は伯母の家に引き取られた。
 伯母は世間と歩幅を共にする価値観の持ち主で、更紗は息詰まる生活を送ることになる。その上、中二の従兄は夜毎寝室に忍び込んで来た。「帰りたくない」と雨の公園のベンチに座り込んでいる更紗に、一人の青年が声をかけて来る。「うちに来る?」――佐伯文、更紗の同級生たちから「ロリコン」と噂を囁かれていた男だった。
 だが、文が更紗に手を出すことはなかった。判で押したように規則正しい綺麗な生活を送る文、更紗はそこに自堕落を持ち込む。まずハムエッグにケチャップをかけることから。夕食にアイスクリームを食べること、ピザを取ること、夜更かしして映画を見ること、朝寝坊。ニュースで行方不明と騒がれていた更紗は、漸く楽に呼吸ができる場所を見つけていた。パンダを見に行きたいとねだり、要望を叶えて外出した二人は世間に見つかり、引き離される。文は犯罪者として、更紗は被害者として。
 15年後。更紗は常に付きまとう憐みと好奇の視線にうんざりしていた。同棲している亮からは結婚を切り出されたが、何故か「俺は気にしない」「許す」と上から目線。従うしかないのか、と違和感を感じていた折、職場の飲み会帰りに無理矢理連れて行かれたカフェで、更紗は文と再会する。そのカフェの店主は文だった。
 文の淹れるコーヒーを飲みに通うだけ、だがひび割れかけていた亮との関係を悪化させるには十分な行為だった。亮から暴力を振るわれて、更紗は文の店へ走ってしまう。亮との生活を解消して、文の暮らすマンションに越す更紗。亮は執拗に更紗を追い、ネットや週刊誌に文の姿を晒す。更紗との関係も理解しないまま。…

 本屋大賞、凄まじいな。
 ページを捲る手が止まらない。更紗の孤独が沁み込んで来る。文の淋しさも。
 馴染みのない単語が並ぶお洒落で自由な生活、更紗に絶対の味方がいる暮らしから、更紗にとって窮屈な世界へ一変する出だし。両親からの愛され方も否定される理不尽さ、その反動も相まって、鬱憤を晴らすように、文の生活をかき乱す。長くは続かない、と読者にも分かるハラハラ感を伴った爽快さ。
 文の本心は最後の方まで分からなくて、前半の更紗に巻き込まれた感、犯罪者にさせられてしまった感がある以上、どう読んだらいいのか迷う点もあったのですが、彼も更紗によって解放されていたんだ、一緒にいて幸せだったんだ、と分かった時点で、もう泣きそうになりました。
 登場人物がほとんど悪意のある人いないんですよね。絶対悪い、と言い切れるのは更紗に手を出した従兄だけで、亮でさえ、凝り固まった一面はあるにせよ、己の価値観に従っているだけ。勿論暴力は論外ですが、被害者を救おうとしている、と思い込んでる。更紗もその点冷静で、「抑圧されていたと言うのは簡単だけれど、その分、わたしが享受していたものもある」と、公平であろうとする。どれだけの絶望を味わって手に入れた考え方なのか、それが他の人にないのが哀しい。それでも、「突き落とされました」って言っちゃう亮には、そりゃ駄目だよ、って思いましたが。
 理解者がいないことが、こんなに寂しいことなのか。でもせめて、梨花がいてくれてよかった。どうかこのまま静かに二人で暮らせますように、と願わずにいられない。
 胸に染み入る一冊でした。