短篇集。ネタばれあります、すみません;
食書
多目的トイレの中で、本の頁を食べている女に出くわした。「一枚食べたらもう引きかえせないからね」――女の言葉に、小説家の「私」はかえってそそられ、処分予定だった本を口にしてしまう。それは本の中、小説の世界にのめり込む体験だった。
耳もぐり
行方不明になった恋人を探して、アパートの隣室の男に尋ねてみた。その男は、手を耳穴の形にして耳から人の中に入れるのだと言う。深夜の電車で、向かいの女に入って行く男を目撃し、その男から聞いたのだとか。
喪色記
小さい頃から繰り返し見る夢があった。灰色の獣たちが、世界を灰化する夢。少女を助ける力が自分にあるらしいが、とても弱いらしい。パワハラ上司のために精神的に摩耗して、より夢の頻度が増したある日、自分の目から黒い煙が滲み出し、一人の女性が実体化した。自分は彼女を、こちらの世界に導いたらしい。彼女と幸せに暮らし、子供も独立した頃、こちらの世界も灰色の獣たちに襲われはじめた。
柔らかなところへ帰る
バスの隣に座って来た肥えた女が忘れられない。知らなかった自分の欲望に戸惑ううち、男は何度も太った女に隣席に座られ、体を押し付けられる。仕事も手に付かなくなる男。ある日、男の乗ったタクシーに女が同乗してきた。
農場
身寄りのない青年 輝生は、雇止めにあい、ホームレス同然の生活を過ごしていた。ある日公園で60がらみの男に、”ハナバエ”の作物生育に誘われる。訳の分からないまま、農場に連れて行かれる輝生。そこでは文字通り、そぎ落とされた人の鼻が保苗され、植え付けられていた。
髪禍
人数合わせとして、新興宗教のイベント参加のアルバイトに誘われた「私」。紀伊山中に連れて行かれた私たちは、教祖交代の儀式に巻き込まれる。
裸婦と裸夫
何の気なく、美術館に行こうと電車に乗った圭介は、走り回る裸の男に出くわした。その裸夫はやたらべたべたと周囲の人間に触りまくり、触られた人間の中にはまた自分から衣服を脱ぐ男女も出始めた。やがて、ほぼ全ての人間が衣服を脱いで、着衣の人間を襲う事態に。それは大災害後の新たな世界への備えともいうべき行動だった。…
どうも精神的にしんどい状況らしく、あまりホラー読みたくないなぁ、楽しい話が読みたいなぁと思っていたのに予約が回って来ました。
半ば無理矢理読み始めたのですが、案外すらすら読めてびっくり。多分、「怖い」というより「気持ち悪い」部類のホラー乃至はSFだったからではないかと思います。
とにかく嗅覚、触覚に訴えられる作品が多くて、生理的嫌悪感がかき立てられる感じ。端々の描写がリアルで、妙に実感を伴う。それは普通のエピソードも同じで、小説家の卵の主人公が初めて書いた小説について「まともな結末をつけることすらできなかった」ってのは、結構あるあるなんではないかと。電車の向かいの席に座った眼鏡女子を好意的に描くのは、ちょっと可笑しくなりました。
起きた現象だけを描いて、物語の全体を描かない漫画とか小説とかが一時期流行ましたが、こうしてみると定着したのかなぁ。いや、気持ち悪かったです(←誉めてます・苦笑;)