読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

彼女が言わなかったすべてのこと 桜庭一樹著 河出書房新社 2023年

 ネタばれになってるかも、すみません;

 小林波間、32歳。2019年9月の終わり、御茶ノ水駅近辺の雑踏で通り魔の犯行を目撃した。現場で偶然、大学時代の友人 中川甍と再会する。
 そのまま連絡先を交換して別れた後、もう一度会おうと約束して、でもそれは叶わなかった。どうやら彼は、別の世界の東京に生きているらしい。アサヒビール本社の上に金色のオブジェが光り、スダマサキという俳優がいて、『シュタインズ・ゲート』というアニメがある世界。歌手の恋恋がいない世界。そして、2020年、新型コロナが流行る世界。あの日あの時、一瞬だけ時空が重なったようだ。通話だけで繋がる彼と、波間はあちこちに出かけ、スマホ越しに会話する。彼女は乳癌の治療中で、それを知らない友人との会話を欲していた。
 薬物治療、患部摘出。体調も身体も変わってままならない。友人に頼り、兄に感謝し、同じ病気の人と励ましあう。職も変わって、後輩が社長を務める会社に就職する。東京オリンピックが無事開催され、2022年にはロシアがウクライナに侵攻する。その間も波間は中川と連絡を取った。伝染病が流行して緊急事態宣言がなされ、太陽の塔が赤く染まる世界、東京オリンピックが延期された世界にいる中川。お互いの世界にない映画や漫画を紹介しあい、波間を通じて一緒に深夜ラジオを聞く。やがて、中川の世界と時間が合わなくなってきた。こちらの方が時間が早く進んでいるようだ。中川からの「発熱した」とのLINEの返事に既読がつかない。それでも波間の時間は進んでいく。…

 桜庭さんの前著『東京ディストピア日記』、この作品書くのに役立っただろうなぁ。
 波間の一人称で話が進むこともあって、作者と波間を何度も重ねてしまいそうになりました。「桜庭さん乳癌になったの?」「取材と想像力でここまで書ける?」と思うほど治療過程の描写がリアル。ただ、手術後の痛みについてまるで書かれてなかったので、じゃあ違うのかなぁと思いつつ。もし自分が体験者じゃなかったのなら、「何を知った風な…」と反発受けそうな内容なのに、勇気あるなぁ。患者一人一人それぞれが違う、というのは後半に書かれて行くんですけど。
 処置に当たって同意書とかも要るだろうに、お兄さんに頼んだんだろうか、親はどうした、と思ってたら、かなりクセの強いお母さんで、この辺りも桜庭さんご本人に重なってしまう。このお兄さん優しいなぁ、何で離婚したんだろう。
 治療仲間のブログの出版経緯について、「死なないと本にならない」ってのは、酷い話だと思いながらも、成程そういえば、と思ってしまった。一時期よく映画化とかされましたものね。で、大概死ぬのは女性なんだよなぁ。
 その治療仲間とも、共有していた認識はだんだんずれていく。同じ病気に罹って、同じ治療を受けても、個人の考え方の違い、望むところで。静かに受け止め、受け入れて貰えなくても静かに意見表明はする。最終的には、波間にたゆたうような雰囲気でした。