読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

太陽の石 乾石智子著 東京創元社 2012年

 乾石智子、三作目。

 歴史に名を轟かせたコンスル帝国も、内乱や疫病、隣国の侵攻によって衰退し、いまや見る影もない。霧岬はそんな帝国の最北西に位置する。三百年ほど前、魔道師イザーカト九きょうだいのひとりリンターが空からふってきて、地の底に達する穴をうがち、ゴルツ山を隆起させ、気候を変えてしまったのだという。霧岬の村に住むデイスは十六歳、村の外に捨てられていたところを姉ネアリイに拾われ、両親と姉に慈しまれて育った。父の後を継いで天文学者になりたいと思うほど、しかし父親に反対され、喧嘩して飛び出したゴルツ山で、土の中に半分埋まった肩留め(フィブラ)を拾う。金の透かし彫りに、<太陽の石(オルヴァン)>と呼ばれる鮮緑の宝石。これは自分に属するものだ……。だが、それがゴルツ山に眠る魔道師を目覚めさせることとなった。
 伝説の魔道師リンターは村に枯れない井戸を与え、その報酬としてデイスとその喧嘩友達ビュリアンを旅に連れて行く、という。ネアリイも同行を求め、4人で向かった先は海を越えた<夜の町>。砦にやはり三百年閉じ込められた魔道師ザナザを解放し、遠見の術で自分のきょうだい達の居場所を探すためだ。
 頼りなかった長兄ゲイルは異国の地で安穏な最期を迎え、姉テシアは自分を追放した妹ナハティを怨んで返り討ちに会い、潔癖なヤエリはナハティについて<神が峰>で銀騎士団を組織、魔道師の追放に勤しんでいた。末弟デイサンダーと共にあまりないたずらでヤエリの不興を買っていた弟イリアは、目くらましの魔法で別人に化け、ヤエリのお膝元銀騎士団に紛れ込んでいるらしい。
 そして姉・ナハティ。皇帝の近衛魔道師長として抱えられながらも強欲に支配されたナハティは、不動山で金銀財宝を褥に眠りについている。三百年前、リンター、イリア、デイサンダーと闘った傷を癒しながら。
 夜の酒場で旅の歌い手ジンクから謎の魔物ソルプスジンターの復活を知り、<不動山>のナハティの宝物に手を出そうとして呪いを受けた男から<死者の丘>の死人の話を聞き出す。呪いを肩代わりした代わり、ナハティとヤエリに事実上の宣戦布告、そしてイリアに会うためにも<神が峰>へ。
 イリアと合流し、銀騎士やソルプスジンターに襲われながら<死者の丘>を目指す。途中、<冬の砦>で冬を越し、力を蓄える。その間にも、デイスには覚えのない風景がいくつも目の前を過る。それはデイサンダーの記憶、デイスはかつてデイサンダーだった。
 きょうだい達の中で一番優秀だったナハティは、それゆえに孤立した。唯一の理解者だった母も早くに亡くし、妹カサンドラを中心に形成される絆を苦々しく思っていた。闘いの最中ミルディがザナザに殺され、そこで明らかになったきょうだい達からの不審、ナハティの権力や財力への執着が派生し、決死の覚悟でたしなめたカサンドラが無残な死を迎える。カサンドラを一番慕っていたリンターが闇を背負い、弟二人と共にナハティに挑んで、相討ちの結果三百年の眠りに就く。そしてナハティによって生まれる以前、無に戻されそうになったデイサンダーは、リンターの庇護で生き延び、赤ん坊の姿でネアリイに育てなおされた。
 春を迎え、一行は<死者の丘>のミルディに会い、<黒蝶湖>を麓にたたえる<不動山>へ向かう。途中ヤエリの反撃に会い、ソルプスジンターの襲撃も相まって、大切な人を喪うことで自らも闇に染まる。
 デイサンダーはイリアと共にナハティの元に急ぐ。きょうだいの責任はきょうだいが負わなければならない。三百年前の結着をつけるために。…


 読み始めてかなり長いこと、前作『魔道師の月』の登場人物レイサンダーと今回の主人公デイサンダーを混同してまして。あれ、レイサンダーの生い立ちの話かしら、と思っていたのにどうも違うっぽいなぁ、時代も違うよなぁ、と自分の過去記事を読み返して確認しまして。…記事つけといてよかったよ; とはいえ、おそらくデイサンダーはレイサンダーの子孫なんでしょうね。
 過去の因縁が現在に関与する構成は相変わらず、ただ今回は過去話が一気にどぉん!と提示されるのではなく、小出しに描かれて行きます。構成上手いんだよなぁ、ビュリアンの使い方とか「なるほど」でしたし。
 以前読んだ話ではサトクリフやル・グインを連想したんですが、今回思い出したのはダイアナ・ウィン・ジョーンズ。異形の生物ソルプスジンターだの、登場人物、特に末の二人の弟達の性格は、今まで描かれなかった類のものですよね。でもこれはナハティがグレる気持ちも、ヤエリが弟たちを毛嫌いする気持ちも判るなぁ(苦笑;)。特に長兄の、無能(ナハティよりは)なくせにプライドだけは高くて、結局責任も放棄する様は、あれはハラ立つよなぁ。何でもできてしまう故に、誰からも労われない寂しさ。自分が愛するものを馬鹿にしてせせら笑う弟達に苛立つヤエリにも、ちょっと共感しましたね。
 解説の金原瑞人さんの一節「いったいどんな状況なのか、具体的には何もわからないにもかかわらず」圧倒的な文章力にひれ伏すのみ、みたいな内容には目からウロコ、の思いでした。そう、最初に読んだ『魔導師の月』でも私そう思ってたんだよ。クライマックス、かなり観念的な死闘なのにするする読めてしまう。今回は作者の語彙の豊富さにも圧倒されました。…よくこれだけすらすら出て来るなぁ。
 次の作品ももう出ているようですね。刊行ペース速いなぁ。東京創元社が押してる感じがぐいぐい伝わって来るようです(笑)。