『蜜蜂と遠雷』スピンオフ短編集。
祝祭と掃苔
亜夜とマサル、二人の恩師のお墓参りに、風間塵もついてくる。他愛ないお喋りの中、明らかになる塵の素性、三人の希望とこれからの予定。
獅子と芍薬
ミュンヘン国際コンクールで、ナサニエル・シルヴァーバーグと嵯峨三枝子は同率二位になった。お互いがお互いを意識し、「お前さえいなければ」と睨みあう、何しろどちらも、優勝したらユウジ・フォン=ホフマンの弟子になれる筈だったのだから。だがその認識は、入賞者コンサートとその後のレセプションで変わっていく。
袈裟と鞦韆(ブランコ)
第六回芳ヶ江国際ピアノコンクール課題曲「春と修羅」誕生話。
菱沼忠明が大学で教えていた生徒は岩手出身で家はホップ農家なのだという。不器用で神経質で、でもおおらかで独特の空気を持っていた。卒業後、実家に戻りながらコツコツと曲を作り続けていた。「ホップ組曲を作る」と菱沼と約束したまま。
竪琴と葦笛
マサル・カルロス・レヴィ・アナトールが、ナサニエル・シルヴァーバーグに師事することになった経緯。
ジュリアード音楽院のプレ・カレッジのオーディションで、マサルはアンドレイ・ミハルコフスキーに見初められた。ミハルコフスキーの指導に感動しながらも、違和感が拭えないマサル。マサルが潰されるのでは、と危惧したナサニエルは、彼をジャズ・クラブへと誘い、他の楽器も演奏してみることを勧める。
鈴蘭と階段
奏はヴィオラに転向してから一年、楽器選びに迷っていた。候補は三点、だがどれも決定打に欠ける。それでも「自分らしい」楽器を選ぼうかと心決めかけた時、栄伝亜夜から連絡が入る。プラハのパヴェル氏にあるヴィオラから、奏の音がする、と。
伝説と予感
フランスのとある城にて。サロンコンサートのついでにシューマンのダヴィッド同盟舞曲集の古い楽譜を見せて貰っていたホフマンは、とある日本人養蜂家の息子と出会う。彼は調律されていないピアノで、ゆうべホフマンが弾いた曲を再現していた。…
『蜜蜂と遠雷』既読であることは絶対条件(笑)。でも読んでる人には面白かったと思う。
本編の登場人物の、中心人物ではないけれど魅力的な登場人物、それぞれに背景があることを改めて感じさせてくれる一冊。作曲家 菱沼(この名字を見ると私はどうしても『動物のお医者さん』の菱沼さんを思い出してしまうんだけど・苦笑;)の『春と修羅』生誕秘話なんかは、ここまで膨らませたのか、とびっくりしましたし。
恩田さんらしいと言えば、奏が豆もやしと豚バラ肉のチゲ鍋作ってるのが嬉しいんですよね、恩田さんと言えば美味しいものへの飽くなき追及、ですよ(笑)。勿論、奏とヴィオラとの運命的な出会いについてもおお、って感じなんですが。そうか、演奏家にとって自分を思わぬ所まで連れてってくれる条件として、楽器との相性もあるんだな。持ち運べないピアノなんかの場合、大変なんだな。…って本書でも調律の場面はありましたっけ。
余裕のある段組みで、あっという間に読めました。…これ、文庫化される時書下ろしとかあるのかな。この内容で一冊だと随分薄くなるよなぁ。