読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

楽園 上下  宮部みゆき著  文藝春秋  2007年

 『模倣犯』の世界を踏襲した長編ミステリ。

 あの事件から9年。フリーライター前畑滋子を中年の女性が訪れた。いかにも人の良さそうな女性の名は萩谷敏子。40過ぎて授かった一人息子・等を交通事故で亡くしたばかりだと言う。絵を描くのが好きだった等は、賞を貰うほどの精巧な絵を描いたかと思うと、時々幼児が描くような稚拙な絵を描いた。そういう時は、頭の中に浮かんでぐるぐると回っている映像を整理するため絵にしたのだ、と話していたという。中の一枚が、先日発覚した事件――当時高校生だった娘・土井崎茜を殺し自宅に埋めて、その上で16年間暮らしていたのが火事で露見した事件――の状況と酷似していたことから、等には幻視の能力があったのではないか、と敏子は思い始めていた。
 何枚もある絵の中には、滋子がかつて大きく関わった事件と思える絵もあった。しかも明らかに関係者しか知らなかった情報が入っている。とりあえず、等がこれらの事件を、発覚以前に知るようなことはなかったか。滋子は等の周囲と、娘殺しの事件を両方から調べ始める。
 等の曾祖母は先読みの力を持っていたらしい。その力ゆえ家族の中でに絶大な発言権を持ち、商売の方針を「御託宣」すると共に、敏子を飼い殺しにした。自分の身の回りの世話をさせるため彼女自身の幸せを許さず、折角の縁談も潰した上、町の実力者の慰み者になるよう手を回した。敏子に子供ができた時には家から追い出した。敏子の兄・松夫はこっそり援助をしていたが、不況の折、徐々にそれもままならなくなる。
 美術教師の不倫を見抜き、小学校三・四年生の時の担任教師の性癖を指摘して疎まれた等。問題児として児童相談所に通い、そこで紹介された子供会「あおぞら会」に参加していた。滋子は「あおぞら会」に目的を伏せて取材を申し込むが、最終的に拒否される。
 一方、土井崎家にも滋子はアプローチをかけた。マスコミ対策を引き受ける高橋弁護士に働きかけ、茜の6歳下の妹・誠子と会う段取りをつける。事件以降誠子は離婚し、両親とも会えないままだった。誠子は改めて滋子に、事件の真相を調べてくれ、と依頼する。何故両親は姉を殺したのか、今まで黙っていたのか。本当に時効が成立するのを待っていたのか。土井崎夫妻は誠子に何も語っていなかった。
 幼い妹の目から見ても、茜は気分にムラのある、怖い姉だった。調査を続けるうち、世間がバブル景気で浮かれる中、地味で堅実な両親を嫌い、次第にグレて、犯罪への感覚が鈍っていく茜の姿が浮かび上がってくる。
 同時に、金銭的に困っていた土井崎夫婦の姿も見えて来る。つましすぎるほどの生活の中、何にお金が必要だったのか。当時茜と付き合っていた高校生との関係に思い当たった時、滋子は、土井崎夫婦と直接話したい、ともう一度高橋弁護士に申し入れる。
 弱者をいたぶる快感を覚えた人間が、最後の一線である誠子に手を出さなかったのは何故か。何がその微妙なバランスを取っていたのか。父親が、事件が解決した後母親が、重い口を開く。…

 かつて『模倣犯』を読んだとき、とにかく情けなかったのを覚えています。あんなに暖かい目線で話を書く人だった宮部さんに、こんな作品を書かせてしまう今の世の中がとにかく情けなかった。
 …今回も辛かったなぁ。でも途中でやめられない。ぐいぐい読まされました。
 身内の中に「出来損ない」がいる。それを切り捨ててしまえと言うのか。…確かにその通り。本当にわからない。
 そんな中、萩谷敏子は等くんと併せて、本当、一服の清涼剤でした。でも宮部作品お馴染みのかわいい男の子・等くんは最初から死んでるし;; 最後は泣いたなぁ。敏子さん、幸せになってほしいなぁ。
 『模倣犯』の世界にこういう超常現象を持ち込むのはどうだろう、とはちらっと思いました。私の印象ではどちらかと言うと『誰か』や『名も無き毒』の方が近いような…。でも、すごい作品であることには違いない。気軽に「面白かった」とは言いにくいけど。