風に舞いあがるビニールシート 森絵都著 文藝春秋社 2006年

　短編６本収録。直木賞受賞作。

『器を探して』：クリスマスイブ、弥生は新幹線の中にいた。その日の朝、いきなりヒロミに「プディングにあう美濃焼の器を探して来い」と言われたのだ。パティシエのヒロミは洋菓子作りの確かな腕とその美貌から、今やマスコミの寵児。そのケーキに惚れ込んでヒロミのケーキ作りを手伝い始めた弥生だが、今では厨房に立つこともなく、ヒロミの雑用に追われる毎日だった。岐阜県の多治見まで足を伸ばした末、ホテルの中でヒロミのインタビュー記事をチェックし、高典の「自分をとるかあの女をとるか」の電話につきあう弥生。次の日、ヒロミのOKが出たにもかかわらず、弥生は自分の意志で別の器を探し当てる。…
　…この恋人はやめた方がいいんじゃないかなぁ。この人こそ弥生をお手伝いさん代わりにしそうな雰囲気あるけど。

『犬の散歩』：主婦の恵利子は犬のためにスナックで働いている。里親が見つかるまでの捨て犬を世話するボランティアをしているのだが、その経費が馬鹿にならない。今引き取っている犬は二匹。落ち着きはないが愛くるしいギャルと、みすぼらしい上腎臓を患っているビビ。ビビの行く末が気になる恵利子に、義母が声をかける。「私たち夫婦が、里親に立候補しましょうか？」。

『守護神』：裕介の通う大学の夜学部には「いざとなったらニシユキ頼み」と言う言葉があった。八年も在学しているニシナミユキに頼めば、どんなレポートでも仕上げてくれると言う。あてにならない噂を頼みに必死で彼女を探し出し、レポートの代筆を頼む裕介。だが、にべもなく断られてしまう。翌年、やはり裕介はニシナミユキを探していた。今度こそレポートの代筆を頼むために…。
　…こういう人が学者さんになるべきですよね。作者、社会人学生やったって言ってたっけ。作品に生きてるなぁ（笑）。

『鐘の音』：仏像修復師として松浦の元で働く潔。仏像をあくまで修復の対象と見なす松浦と、一時は仏師にまでなろうと思った潔とはどうしても反りがあわない。丹波高地の山寺で不空羂索観音像の修理を始めたことから、二人の亀裂は決定的なものとなる。その仏像に異様なまでに惚れ込み、修復以上の仕事をしようとする潔を，松浦は叱り飛ばす。25年後、仏像関係の仕事を断った潔は元同僚・吾郎と会い、仏像のその後を知る。

『ジェネレーションX』：クレーム先に謝りに行くため、初対面の若者・石津と二時間強のドライブをするはめになった健一。石津は片時も携帯電話を手放す事なく、常時7～8人と連絡をとって同窓会の打ち合わせをしている様子。注意すべきか放っておくべきか、自然に聞こえてくる電話の内容がだんだん気になってくる。フジリュウは薬物法違反で執行猶予中、フジケンは先日東京国際マラソンに出ていてヒラタは腹痛がひどい、大阪やマレーシアからわざわざ来る奴もいる…。やがて事情が明らかになると、健一も彼らのために、車を飛ばすことになる。

『風に舞いあがるビニールシート』：国連難民高等弁務官事務所（UNHCR）に勤める里佳に、かつての夫・エドの訃報が届く。暴風に飛ばされたビニールシートが、とりかえしのつかない彼方へと追いやられる前に、誰かが手をさしのべて引き留めなければならない、と語っていたエド。里佳はエドとの出会いや一緒に暮らしたわずかな時間を思い出す。フィールドに出ているエドが帰って来た時、安らげる場所を作ろうとする里佳、かえって戸惑いを見せるエド。子供に対する考えの違い、「幸せ」に対する認識の違いを確認した時、二人の結婚生活は終わりを迎える。記者からのインタビューでアフガンでのエドの最期の様子を知った里佳は、アフガンでのフィールドワークを希望する。…

　図書館に予約入れたのは受賞より前でしたが、やっぱり回ってくるのに時間かかりましたね（笑）。
　前々から思ってたのですが。森絵都って、意地悪だと思う。
　前作『いつかパラソルの下で』でも「いくら自分が真剣に悩んでることでも、ハタから見ればこんなもの」的な所はありましたが、今作『鐘の音』なんかもろにそれだし（笑）。我が侭な天才に振り回されてるように見えて、実は自分がプロデュースしている『器を探して』のオチ、犬馬鹿っぷりを発揮する義母と恵利子の描写、『ジェネレーションX』の最後の台詞「レフトです」…本当、意地悪い（笑）。正直、これまでの作品ではちょっと引いてしまう所もあったんですが（『永遠の出口』の失恋っぷりとか）、今回はその描写に磨きがかかってるって言うか、ちゃんと笑える所まで持って来てる。もしかしてこれを洗練されたと言うのでしょうか。最後の『風に～』ではしっかり泣かせて貰いました。直木賞って、受賞作品よりそれ以前の作品の方が面白い、ってイメージがあったんですが、今回はジンクス破られましたね。本当、面白かった。