読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

笑いのカイブツ ツチヤタカユキ著 文藝春秋 2017年

 人間の価値は人間からはみ出した回数で決まる。僕が人間であることをはみ出したのは、それが初めてだった。僕が人間をはみ出した瞬間、笑いのカイブツが生まれた時――
 他を圧倒する質と量、そして“人間関係不得意”で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキ、27歳、童貞、無職。その熱狂的な道行きが、いま紐解かれる。
 「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」「バカサイ」「ファミ通」「週刊少年ジャンプ」など数々の雑誌やラジオで、圧倒的な採用回数を誇るようになるが――。
 伝説のハガキ職人による青春私小説。                          
                                           (出版社HPより)


 カタカナで「ツチヤタカユキ」。新聞の書評欄でこの名前を見た時には本気で驚きました。
 え、これ、あのツチヤタカユキなの? あの??
 とある芸人さんの深夜ラジオリスナーには「人間関係不得意」のフレーズと共に、あまりにも耳馴染みのある名前。まるで一編の小説の主人公のように。
 彼を東京に呼んで、何とか構成作家として大成させてやりたくて、でも人間関係不得意なために「このままでは辛い」「大阪に帰る」という彼を、一緒に作ったネタライブに呼んで成功体験を味あわせ、こんな快感が何度でも味わえるんだぜ、と引き留めようとしたのに、
「でもそれを『最高の思い出が出来ました』とか言うんだよ」、と絞り出すように語られていた人物。
 で、この著者は確かに「彼」でした。この本ではその「彼」の経歴が語られます。

 …世の中の、「この職業に就きたい」と思う人は、これだけの努力をしてるだろうか。確かに一本気すぎてバランス崩してるけど、何しろ凄まじい努力。この人、社交的な相方とかと巡り合えてそちらが人間関係方面を受け持ってたら。…でも本人が売れたいんじゃないんだよなぁ、何しろどんな芸人のネタも書けるんだから。例として挙げられた漫才台本二本は鳥肌ものでした。…これ、書かれた芸人さんはどう見るんだろう。

 エピソードに沿って書かれた構成は、時系列に準じてはいないので、何か年表が作りたくなります(笑)。あれ、この人いつ東京へ出たんだとか、採用本数数えるのやめたのいつだ、とか。
 お笑いに対するあまりにも純粋な態度、でも確かに一緒に番組とかは見たくないなぁ、演者の短所あげつらってる人が横にいたら、こっちも楽しめないもの。
 渾身の力を込めて書いた落語台本は落選し、著者はお笑いを辞める決意をします。お笑いにさえ拘らなけれがば、今までできなかった「媚びた」ような作業もできる。楽になったのか、でも幸せではないのではないか。
 …本当にお笑いを辞めるのかなぁ。あまりにも、あまりにも勿体ない。確かに裏側を書いてしまったら、もう笑えないかもしれないけど。「やめる時しかやったらあかんヤツ」一歩手前まで行ってるけど。著者が書いたサンプル脚本って、何の作品のなんだろう。(『おそ松さん』とかだったら凄いのに)

 著者を東京に呼んだ芸人さんは「あの人」として作中に登場します。
「あの人に迷惑をかけたくないから、あの人のことは、絶対に書かないつもりだった。だけど、僕の人生は、あの人抜きに語ることはできない。」
 …これじゃ、「あの人」の名前を出すような、著者の意向を無視するような真似はできないなぁ(苦笑;)。この「あの人」と元カノの「アナタ」のことが書かれた場面は、思わず涙腺が緩みました。何と敬愛と思慕の念に溢れていることか。

 それにしても凄いなぁ、文藝春秋からの出版だよ、幻冬舎とかじゃないんだよ。(←偏見)
 二作目があるのか、書けるのか分かりませんが、…これ、芥川賞候補になってもいい気がする。