読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

思い出トランプ 向田邦子著 新潮社 1980年

 短編集。

 かわうそ
脳卒中で倒れて以来、宅次には軽い右半身麻痺が残っている。かわうそに似た妻は、宅次に黙って庭にマンションを建てる計画を立てているらしい。妻は何でも体のさわぐお祭りにしてしまう癖がある。火事も葬式も夫の病気も、幼い娘の死の原因までも。

 だらだら坂
庄治はトミ子のつつましい所が気に入っている。囲っているマンションに、週二回通っている。太った白い体、愚鈍とも見える動作、あかぎれのように細い目。だが、それは庄治に安心感を与えた。庄治の十日ほどの海外出張の後、トミ子の目は大きく整形されていた。隣室に住むバーのマダムに唆されたらしい。

 はめ殺し窓
江口は母親が苦手だった。弱々しい父親と比べ、大柄で精力的な母。反動のように地味な女を妻に選び、生まれた娘は母親に似ていた。

 三枚肉
以前関係を持った部下が結婚することになった。妻と連名の招待状に戸惑いつつ出席した帰り、古くからの親友が訪れて来た。彼は自分のおかげで命拾いしたことがある、という。

 マンハッタン
失業して無気力な毎日を送る睦夫を見限って、歯医者である妻は出て行った。家の近くに「マンハッタン」という名のバーが出来ることを知って、睦夫は何かに憑かれたように惹かれてしまう。

 犬小屋
身重の達子が電車の中で見かけた若夫婦、その夫が自分の知り合いであることに気付いてしまった。達子が短大生だった頃、魚屋で働き、達子の実家の犬を可愛がっていたカッちゃん。だが、達子はカッちゃんの自分を見る目に気付いていた。

 男眉
夫は麻のことを「曲がない」という。男眉で、媚びる術がわからない麻。対して妹は地蔵まみえで、優しい面立ちをしている。儚げに見えて、実はしっかりしている。

 大根の月
料理中、英子は息子の指を切断してしまった。子供がふざけて伸ばしてきた指を、よけきれなかった。以来、姑とも折り合いが悪くなり、夫もそんな英子を庇うことなく、別居状態が続いている。

 りんごの皮
恋人と玄関先ではしゃいでいる所を、弟に見られてしまった。堅実で面白みのない弟、口止め代わりの金を渡そうかと思い悩みながら、時子は戦後にあった弟との思い出を思い出す。

 酸っぱい家族
猫がくわえて来た鸚鵡の死骸を捨てる場所を探しながら、九鬼本は似たような気持ちを抱いた昔を思い出す。今の会社に移る前、小さな広告会社で何でもやっていた頃、そこで安い料金で仕上げてくれた写真屋の一家のことを。

 耳
風邪をひいて、楠は会社を休んだ。誰もいない家で、楠は子供の頃のことを思い出す。隣に住んでいた女の子のこと、彼女は耳にイボがあって、それを赤い絹糸で結んでいたこと、弟の耳が中耳炎から難聴になったこと。マッチの灯りで耳の穴を見てみたい、と思ったのはいつだったか。

 花の名前
夫の愛人から電話があった。名前をつわ子と言うらしい。夫は花の名前など、風流なことが苦手だった。それを教え込んだのは妻の常子、つまりこの女を夫に結びつけたのは自分ではないのか。少々得意にすら思っていた常子は、夫の態度に愕然とする。

 ダウト
父親の葬儀に、従弟の乃武夫が来た。妙に女好きのする乃武夫は定職に就いたこともなく、相変わらず浮き沈みの激しい生活を送っているようだ。塩沢は以前、乃武夫に上司への密告現場を見られていた、ような気がしている。気付いているのかいないのか、小さい頃塩沢が父親の弱みを知ってしまった時のように。…


 向田邦子さんの作品は褒める人が多くて、以前から気になっていました。何気ない日常を切り取って、その隙間から不穏な空気を醸し出す。しかしこれはもう、時代小説だな、と思ってしまった。こんなにも日本人の価値観は変わっていたんだなぁ。
 登場人物は煙草を吸ってるし、浮気や愛人は当たり前。当然相手をしていた娘もいた訳で、その相手のことはあまり書かれはしないんですが、書かれている人は平然と別の相手と見合い結婚などしている。でも大概の妻は貞淑。これを共感を持って読めていたんだよなぁ。
 驚いたのは実は奥付で、平成5年(1993年)で六十二刷。文庫本ではなくハードカバーで。…どれだけ読まれてるんだよ;
 何か本来の目的と違う所で驚いてしまいました。