読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

天地明察 冲方丁著 角川書店 2009年

 冲方丁出世作。第31回吉川英治文学新人賞、2010年本屋大賞受賞作品。

 江戸、四代将軍家綱の御代。戦国期の流血と混迷が未だ大きな傷として記憶されているこの時代に、ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること。武家と公家、士と農、そして天と地を強靱な絆で結ぶこの計画は、そのまま文治国家として日本が変革を遂げる象徴でもあった。実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれながら安穏の日々に倦み、和算に生き甲斐を見いだすこの青年に時の老中・酒井雅楽頭が目をつけた。「お主、退屈でない勝負が望みか?」
 まず将軍家右筆の建部昌明と御典医の伊藤重孝と共に日本中を巡って北極星を観測し、今使用されている宣明歴が実際にずれてしまっていることを痛感する。名立たる算術家、先達が年若い渋川の元に集まり、暦の計算に邁進する。会津藩主・保科正之の後ろ盾も得て、改暦にまつわる富や権力の移行に気付き怖気づくものの、勢いは止まらない。中国伝来の授時暦の精確さを、触を予報することで民衆の眼前で証明してみせようとしたが、だがいよいよ、という時になって授時暦は予報を外した。改暦は失敗した。
 何故外れたのか分からない。日本有数の算術家がこぞって首を捻る中、渋川にそのヒントを与えたのは、お互い会ったことのない、だが算額を通じ、誰よりも分かりあい、尊敬の念を抱いていた算術家・関孝和だった。
 いままで出会って来た全ての人々の思いを受け継ぎ、渋川は改めて改暦に着手する。渡来品ではない、日本独自の大和暦を作りだし、朝廷に提示する。…
                              (前半、角川書店の紹介文所を引用しました)

 
 いや~、面白かった。
 さすが本屋大賞、納得の一作です。
 気持ちいい作品です。何しろ登場人物、ほとんどいい人しか出て来ない!(笑)。器が大きい、ってのはこんなにも清々しいものなんだなぁ。で、渋川春海がそれをきっちり全て受け取って、結集して、しかも後輩に渡して行く。建部の夢、渾天儀にしろ伊藤の夢“日本の分野作り”にしろ、保科正之が予測させた富の再分配まで、余さず繋がっていく見事さ。大和暦を認めさせる手腕は、本当、詰め碁のようでした。でも勿論置いて行かれる寂しさ、重みもあって、渋川を可愛がっていた人が先立つたび、泣きそうになりました。
 そしてまぁ、みんな去り際の見事なこと。特に会津藩主・保科正之は、これは大河ドラマの題材になってもいいんじゃないのか??ってくらいの人物でしたね~。戦国の世から泰平の世に移る礎を築いた手腕、しかも節度を守る品性。この律義さが、幕末の会津藩の在り様に繋がって行くのかしら、とふと思いました。
 ただただいい人に見えた渋川春海が、後半見せる辛辣さ、ってのも面白かったですね。冷静に人柄を見て、次期大老堀田を(胆力が無い)(酒井様より数段下だ)と見極めたり、自身の醜聞まで利用する大経師を(使える)と判断したり。
 妻おことやおえんとのエピソードは、何だか佐藤賢一著『傭兵ピエール』を思い出しました。…全然違う内容なのにね。
 関孝和との関係は、今だからこそ実感を持って理解できる関係かも、と思いました。ネットのみで知り合った人がいる、読んでるだけで嬉しくなってしまうような魅力的な文章を書く人、実際に会いたいような怖いような、会ってがっかりされないかしら、自分にそれだけの価値があるのか悩んでしまう。
 補助線を一本引いただけで開ける世界。それこそ幾何の問題のような。でもその一本に気付くかどうかなんですよねぇ。
 暦の計算方法とかがほとんど出て来ないのがちょっと気になりましたが、でも実際書かれてても読み飛ばしていただろうしなぁ(笑)。ばっさり切って正解、なんでしょうね。
 神道の記述についても初めて知ることが多くて楽しかったです。予約して一年、待った甲斐がありました。