読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

僕は、そして僕たちはどう生きるか 梨木香歩著 理論社 2011年

 多分ネタばれになってます、すみません;


 ある休みの日、5月の一日。
 14歳の僕・コペル君は染織家の叔父・ノボちゃんと一緒に、友達の優人(徒名はユージン)の家を訪ねることになった。目当ては清浄ヨモギ、ユージンの家は旧家で、広い敷地には林や沼地、大昔の古墳までそのまま残っている。ユージンはただいま不登校中で、その理由ははっきりとは聞いていない。
 そのまま野草摘みに乗り出すことになって、屋根裏部屋にあった『時局本草』を片手に僕たちはウコギを採る。ユージンのいとこ、一つ上のショウコも一緒になって、スベリヒユとベーコンの炒め物とウコギごはんを作る。そして、おもむろに、ショウコは告白する。実は、この庭に、「インジャ(隠者)」が棲んでいるのだ、と。
 その少女がインジャになった理由、ユージンが学校へ行かなくなった理由。屋根裏部屋に残っている戦時中の雑誌には愛国少年少女たちの投稿が溢れ、でも実際には徴兵を嫌がって洞穴に暮らしていた人もいる。今は違和感を覚える愛国主義の感覚も、実際その時代では、集団の圧力の前に跡形もなく流されるかもしれない。それを僕は思い知ってしまった。
 そうして一人こっそり泣いている僕に、インジャが語りかけて来た。
 「泣いたら、だめだ。考え続けられなくなるから」
 後から合流した明るいオーストラリア人・マークも一緒に、ダンパー(焚火で作るパン)を焼き始めた。おずおずと出て来たインジャに声をかける。
 やあ。よかったら、ここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ。…


 上橋菜穂子さんの『天と地の守り人』の文庫版あとがきに、荻原規子さんと佐藤多佳子さんと三人での鼎談が載ってまして。「おお、夢の組み合わせ(笑)」とちょっとわくわくしました。三人とも同年代で、児童書でデビューして一般書にまで読者層が広がっていったという経緯も同じで、との紹介文に、経歴だけなら梨木さんもまさしくこの系譜に入るんだけど、新潮社から本も出してるし、と思いつつ。でも確かに、梨木さんはちょっと違うんだよな、ともやもやしている所にこの作品が回って来ました。梨木さん、えらくお堅い題名の本出したなぁと読み出して、で、ああ、と思いました。
 この間読んだ荻原規子さんのファンブック『<勾玉>の世界 荻原規子読本』の中で上橋さんが言っていた言葉。「思想やイデオロギーを語るために、物語が奉仕してしまってはいけない」。思想やイデオロギー、というほど改まったものではないかもしれないけれど、多分、梨木さんは、自分が語りたいテーマ、伝えたい想いのために、物語が作れる人なんだ。
 それは押し付けではなくて、救いたいという気持ちで作られたものだろうとは思うんだけど。
 今回のインジャの彼女の身に起きたあまりにも痛いエピソードなんか、きっと実際にあんな目に会った少女がいたんだろうな、とどうしても思ってしまう。

 梨木さんの作品は、時々私にとって、物凄い共感を伴う文章が出て来ます。今回の、主人公の少年がどっきり番組を嫌いな理由がそうでした。私も以前から、その系統の番組は嫌いでした。氷室冴子さんの『アグネス白書』ラストエピソード、みんなで主人公を関係が悪くなっている彼氏の元へ行くよう仕向けるくだりすらイヤでした。それが例え善意からでも、「人を試す」のも「試される」のも嫌。心が狭いのかしらと思うこともあったのですが、はっきり口に出してもいいことだったのね。

 ラスト近辺のショウコの言葉、モノノフとかマスラヲとかの言葉の前にばっさり切り捨てられる感覚、ってのもよく分かるなぁ。私が好きな男性作家さんなのですが、以前書かれていたエッセイで「オンナコドモには分からない」という言葉を使われることが多少あって。その人は自分の趣味嗜好がマイナーで、世間一般に認められていないものであることを表現するため、半ば自虐的にその言葉を使われていたのだろうとは思うのですが、読んでいるオンナにはやっぱり見えないカーテンを引かれた気分になりましたね。それまで面白く読んでいたのに、すっと心が冷めてしまう。後々、その方が女性をターゲットにした本を出すと知って、多分作者自身もシフトチェンジするだろうけど、できれば周りにそういう表現に気を付けるようアドバイスするブレインの方がいますように、と思ったことを思い出しました。

 ユージンが語る学校へ行かなくなった訳、ニワトリのコッコちゃんとのエピソードで、「僕」の喉元につきつけられるナイフ。

 僕は軍隊でも生きていけるだろう。それは「鈍い」からでも「健康的」だからでもない。自分の意識すら誤魔化すほど、ずる賢いからだ。

 …胸に痛い。でもそれを自認できた主人公は凄い。自分はそれをしてしまう人間なんだ、と分かれば、その後の行動はきっと変わって来るから。