読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

刻まれない明日 三崎亜記著 祥伝社 2009年

 連作短編集。
 “失われた時”が息づく街を舞台に描く待望の長編(帯文より)。…あれ、長編だったのか;
 ネタばれになってるかな、すみません;

 序章 歩く人
 沙弓は初めて見る街で、「歩く人」を見かけた。国土保全省 道路局 道路維持係 主任歩行技師。歩くことによって道路を守る技術者。沙弓は望んで彼と共に街を歩く。新興住宅街、異邦郭、途切れた道路の上に建つ廃屋。中心の開発保留地区は十年前、3095人が消えた場所で、沙弓はその消え残りだった。

 第一章 第五分館だより
 藤森さんはこの街に来て、図書館に勤めている。仕事に慣れて行くうち、この街に無い筈の第五分館の貸出記録に気付く。第五分館の担当は西山係長、結婚を約束したひとを失い、今またどこからか送られて来る「第五分館だより」を、残された人々に配り歩いていた。 

 第二章 隔ての鐘
 駿は6歳で父親を失った。以来、他の人には聞こえない鐘の音が聞こえる。迷い込んでいた少女・鈴を異邦郭へ送り届けた駿は、鈴が共鳴士の卵で、この街へ『音の歪み』を正しに来たことを知る。夏休みいっぱいを掛けて鈴と『音の歪み』の場所を訪ねる駿。鐘のことも失った娘のことも忘れたい鋳物工・谷本さんに鐘の音を聞かせるため、駿は鈴の演奏する奉納奏で舞を舞う。

 第三章 紙ひこうき
 坂口さんは夜、マンションの屋上から紙ひこうきを飛ばす女性と出会う。彼女の夫は十年前のあの事件で消えてしまい、以後彼の運転していたバスがまだバス停に停まる名残の光を屋上から見ているのだとか。彼女の左手は、未だ彼の手と繋がっていて動かない。

 第四章 飛蝶
 宏至は十年前、一人の女性からある曲を受け継いだ。十年経ってその女性の歳に追いついたものの、いつまでも彼女の背中を追いかけている気がして仕方がない。今夜も廃墟で奏琴を奏でていると、高校生の女の子が音に惹かれて宏至の元を訪れて来る。彼女・若菜は十年前、たまたま小学校を休んでいたために消滅を免れ、そのことが発端で肩身の狭い思いをしていた。憧れの視線で見て来る若菜を、宏至は半ば嬉しく、半ば疎ましく思う。

 第五章 光のしるべ
 黒田さんは供給管理公社分局に勤めている。十年前異質化した思念の漏出を一人で食い止め、副作用として人に顔を覚えられないと言う後遺症を背負い、その上妻をうしなった。ただ、妻とは今でも廃屋で会話できる。同じ職場の梨田さんに好意を寄せられているが、想いを返すつもりはない。十年経って、今度こそ異質化思念を中和して全てを終わらせようとしたのに、またしても異質化思念が彼を襲う。

 新たな序章 つながる道
 二年振りに、歩行技師の幡谷さんはこの街を訪れた。以前は少しずつ残っていた「消えた人々」の痕跡もほとんどなくなり、残された人々の思い出に昇華されようとしていた。黒田さんは梨田さんとの結婚を決め、西山さんは藤森さんとカフェを経営している。沙弓さんは店を手伝っているし、美味しいお茶を飲みながら宏至と若菜は奏楽と歌声を披露。「予兆」と言う名の女性はそれを見守っている。女性運転手のバスに乗って教会に行けば、丁度新しい鐘をつける所だった。蝶が舞う中、幡谷さんは道を歩き続ける。…

 三崎さんの恋愛小説だな、これは。
 実は『失われた町』の細かい部分をすっかり忘れてましてですね; でも世界観は何となく覚えていたので、『失われた町』を読んだ時に感じたような違和感はほとんどなく、素直に作品世界に入れた気がします。ちょっとした所に「7階撤去」だの「ヒノヤマホウオウ」だの、別の作品とつながるキーワードが出てきますね~。作者、同じ世界として書いてたのか、ちょっと意外。
 喪失からの再生。少しずつ前向きに、でも決して無理をする必要はない。消えた人々はどこに行ってしまったんでしょうね。どこか別世界で生きている気がするんですが、それは違うのかな。
 余談ですが、新型インフルエンザ騒動以降、私の会社ではずっとマスク着用が義務付けられていまして。マスクをして生活すると「…何だかラク」なことに気付いてしまいました。顔を隠せる、って何だか安心できるんだなぁ。こんな所で三崎さんの短編『覆面社員』の気持ちが分かるようになるとは思いませんでしたよ(苦笑;)。