徳川幕府が開かれて65年、四代将軍家綱の時代。
船大工を志すものの挫折し、水夫に鞍替えした和久郎は、屈託を抱えながらも廻船業に従事している。ある航海の折、船が難破してしまう。船乗りたちは大海原の真っ只中に漂う他ない。生還は絶望的な状況。だがそれは和久郎たちにとって、試練の始まりに過ぎなかった。
だが、船乗りたち15人は、船頭兼親仁 志郎兵衛の差配の元、問題に一つ一つ対処していく。何とか仲間割れを起こすことなく見知らぬ島に辿り着いた。
だが、見慣れぬ出で立ちの島民に思わず手を出したこともあって、上陸は過酷なものとなった。積み荷を略奪された上 船は壊され、船乗りたちは囚われの身となってこき使われることに。頭の回る門平が中心になって他の村に逃げ出したが、そこでもやはり祖国へ帰る手立てはなく、村人に下男待遇で扱われた。それでも、ここに数年おきに来るらしい貿易船を待とう、と皆で決めた矢先、年長の志郎兵衛と巳左衛門が相次いで行方不明に。二人は島の掟に従って間引きされてしまったらしい。
船を造って日本に帰ろう、せめて二人の魂を連れて帰ろう。門平の掛け声のもと、和久郎が中心となって船造りが始まった。貿易相手として帰ってくる、と嘘をついて島民を説得、怪しむ村人もいたが、造船の技術を教えることを取引材料に納得させた。満足に道具もない中、和久郎は工夫を凝らしながらかつて取得しきれなかった造船技術を再現して行く。… (出版社紹介文に付け足しました)
結構時間が掛かりました。こちらに知識がない分、状況把握が難しかったせいかな。
西條さんにしては珍しい題材だな、と思ってましたが後半船造りの件になって何だか納得。これ、お得意の職人ものじゃん! とか言いながら、やっぱり造船の描写は分からない箇所が多くて、ちょっと読み飛ばしたり、ごめんなさい;; できれば図解が欲しかったかも、…でもそれは雰囲気的に無理だよなぁ(苦笑;)。
史実だそうで、鎖国のせいで外海の航海術が失われていたとか「なるほど!」でした。当時と今では状況が違うとはいえ、50歳で姥捨てられるとは辛いなぁ。それだけバタン島が過酷な環境にあったということなんでしょうが。日本に帰ってからもすぐ家に帰れない、取り調べが厳しかったとか、二度と船乗りには戻れないとか、初めて知りました。
後日談的に書かれたラストの挿話、バタン島からの漂流者が 25人中6人しか生き残れなかったとか。今回の日本勢が15人中11人が帰れた事実に比べて、和久郎たちは運もよかったし、頭たちの指導もよかったんだろうなぁ。何としても帰りたかった、と思える祖国でよかった。