二人は、かなしみを乗り越えるために〝家族〞になった――。
昭和二年。関東大震災で最愛の妹を喪った八重は、妹の婚約者だった竹井と結婚したが、最新式の住居にも、新しい夫にも、上手く馴染めない自分に苛立ちを感じていた…。
昭和と共に誕生し、その終わりと共に解体された同潤会代官山アパート。その一室からはじまった一家の歳月を通して描かれる、時代の激流に翻弄されても決して失われない“家族”―すなわち“心の居場所”の物語。
(帯文より)
プロローグ 1995
うちにかえってきた帰ってきた。今の自分には思い出せない、でも懐かしいものが並んだ部屋。懐かしい人が迎えにきた。おそらく徐々に思い出していくのだろう。
月の砂漠を 1927
結婚しても悪所通いが修まらない夫に愛想をつかし、実家に戻った八重。両親を相次いで亡くし、小間物屋を経営しながら、妹の愛子とほそぼそと暮らしていた。愛子の縁談がまとまり、漸く嫁入り、という段階で愛子は関東大震災で亡くなってしまう。それからも誠実に愛子の仏壇を、八重を訪ねる愛子の婚約者 竹井と、八重は一緒になった。
竹井が新居に選んだのは最新鋭の鉄筋コンクリートのアパートメント、八重はどうにも落ち着かない。
恵みの露 1937
娘の恵子へのクリスマスプレゼント 白い猫のぬいぐるみが無くなった。八重は犯人に心当たりが あるといい、別棟に住む中学生 俊平の名を挙げた。彼は遠い親戚である杉岡の家に居候の身であり、一緒に住んでいるハナは結核に罹っていた。
楽園 1947
戦争が終わった。19歳の恵子は、道玄坂の映画館で俊平に出会う。南方の島から復員してきた俊平は、元の自分を知っている人と会いたくなかった、という。
銀杏の下で 1958
恵子と俊平の子供は二人、どちらも男の子で浩太と進。古くなったアパートを増改築する話が出ているが、八重は乗り気ではない。そんな折、進がした火遊びから、アパートが火事になった。進を助けるためアパートに飛び込んだ八重は、その後、妹 愛子の夢を見る。
ホワイト・アルバム 1968
たまたま巻き込まれたデモ抗争のため、高校で「危険分子」として目をつけられてしまった進。それほど町は不穏な空気に包まれていた。ビートルズの輸入レコードを探しているだけなのに、不良に絡まれてしまうほどに。
この部屋に君と 1977
年を取って、今では1階に住んでいる竹井と八重。胃癌を患って病院から一時退院してきた竹井は、かつて暮らしていた三階へ登りたいと望む。弱った体を心配する娘たちに対し、それを手伝ったのは八重と、会社を辞めて無職の状況だった進だった。
森の家族 1988
浩太の娘 千夏がアパートを訪ねてきている。神戸の実家を離れて、どうやら戻りたくない事情があるらしい。彼女を受け入れたのは、叔父の進と曽祖母の八重だった。
みんなのおうち 1997
解体された代官山アパートの前で、千夏は回想する。2年前、肺炎で倒れた曽祖母 八重のこと、危篤を迎えた八重から「行きなさい」と言われ、震災に見舞われた神戸に、必死の思いで帰ったこと。崩れた家の下敷きになった父 浩太は、八重が夢に現れたという。
エピローグ 1927
八重は夫から新居のアパートの鍵を渡された。…
震災から始まり震災で終わる、ある女性の一生。終盤、阪神淡路大震災のエピソードが出てきた時には、ああ、そうか、とはっとしました。
面白かったです。優しくも切ない、時代をそれぞれ抑えた挿話の数々。丁度NHKの大河ドラマ『いだてん』とかぶってる個所もあり、妙になじみがありました。東京オリンピックについての言及がなかったのはわざとなのかな、かえって不自然な気もしなくはなかったのですが。
辻村さんも『東京會舘~』でこういう手法取ってましたよね。昭和だけではなく平成の時代も、もうノスタルジックに思い起こす素材になってるんだなぁ。