読書記録~防忘録~

読書記録です。時々、漫画やアニメにも独り言してます。

名もなき本棚 三崎亜記著 集英社文庫 2022年

 掌編集。ネタばれあります、すみません;

 日記帳
 ある日、アパートの郵便受けに入っていた分厚い日記帳。今まで五人の女性が書き継いで来たらしい。そして、自分も自分の日常を綴り始める。次の人に渡すその日まで。

 部品
 咳き込んだ瞬間、何かの部品が自分の喉から飛び出した。自分では何の異常もないつもりだが、彼女からは「いつもと違う」と言われてしまう。丁度5年に一度の法定部品定期交換のお知らせが届いた、所定の交換所で交換手続きしよう。

 待合室
 とある国で飛行機事故に巻き込まれ、恋人は死んでしまった。面影を求めてその国を訪ねた「私」は、空港の待合室で老人から一冊の本を渡される。何人もの旅人の手を渡って来たらしい本を。

 ライブカメラ
 単身赴任している夫のアパートが映るライブカメラを見つけてしまった。ついつい覗き見する「私」、だが夫の部屋の映像が現実とそぐわないと気づいてしまう。

 確認済飛行物体
 未確認飛行物体が「確認」されて一年、政府はその情報を公開していないが気にしない。恋人が確認済飛行物体に乗って来た異星人であろうとも。

 きこえる
 旅先の旅館で、もう廃線になった筈の列車の音がきこえる。自分の隣に、去年亡くなってしまった妻がいるように。

 闇
 出張先のビジネスホテルの窓の外に「闇」を見た。かつていきなり失踪した祖父や父も見たらしい「闇」を。段々迫って来る「闇」を断ち切らなくては。

 スノードーム
 クリスマス前、それ用の仕様のショーウィンドウに女性が住んでいるのを見た「僕」。いつしか仕事帰りに彼女の日常を垣間見るのが習慣になり、「僕」は彼女へクリスマスプレゼントを贈ることを思いつく。

 私
 市内の未納者宛に督促状を発送した翌日、一人の女性が庁舎に現れた。彼女は宛名に書かれているのは自分ではない、と訴えて来た。消されたもう一つのデータが私だ、と。

 名もなき本棚
 使用する人のいない非常階段の17階と18階の間の踊り場に、本棚が設置されていた。ある日、その内容が変わっていることに気付く。管理者がちゃんといて、定期的に入れ換えているらしい。みんな見つけられないだけで、全部で80もの本棚を管理していると。

 回収
 ゴミ集積所に、会社員が座り込んでいた。会社員の回収日はまだ一週間も先だと言うのに。今日から一週間は、私がこの集積所の管理を任されているというのに。

 ゴール
 裏通りに、「ゴール」と書かれた横断幕が張られている。傍にいた係員の女の子も、何のゴールか知らないと言う。

 妻の一割
 妻を失って三年、見つかった妻の一割は発見者に渡されているらしい。妻本人も、失くした一割は何か、自覚は無いと言う。

 街の記憶
 出張帰り、見知らぬ街を雨が降る中歩いていた「僕」は、この街を知っていることに気づく。ここは僕が「住んでいた街」だった。ある世界線だったなら。

 緊急自爆装置
 市民が自由に自爆する権利を守るため、市役所の公衆電話跡地に緊急自爆装置を設置することにした。ところが利用者が相次ぎ、予算の遣り繰りに困るように。ただでさえ、日々問題は起きると言うのに。

 流出
 「俺」の情報が流出しているらしい。どんな内容なのかは教えて貰えない。だが、出会う人は皆 俺を避け、時には責める。ある日唐突に、全てが元に戻った。別人の情報と取り違えられていたとだけ教えられて。

 公園
 禁止事項が並べ立てられた公園を、「私」は訪ねた。管理人に許可を取り、確認書類を書いて公園に入る。かつてジャングルジムで起こった痛ましい事故以来、公園はどんどん制限される存在になっていった。

 管理人
 半年間、「私」はあるマンションの305号室の管理人をしていた。毎日クリーニング店から服を持ち帰り、食材を冷蔵庫に入れ、同じメニューの夕食を作る。来た会社員を迎え、翌朝には朝食を作って送り出す。毎日、違う会社員を。

 The Book Day
 4月23日「本の日」、役目を終えた本は夜空に羽ばたく。ある本は本の墓場へ、別の本は新たな持ち主のもとへ。…

 三崎さんの掌編集。
 そう、これこそ三崎亜記だよ、と膝を打つ思いでした。いかにも七面倒臭いお役所仕事、事務処理の数々、融通の利かなさ。圧倒的不条理も訳の分からないまま「こういうもの」と流される感じ。自分もその他大勢の一人である、と思い知らされるようで。
 原因の分からない怖さがやはり大半なんですが、心温まる作品も何点かあって、ちょっとほっとしたり。
 ショートショートになるのかな、三崎さん似合うなぁ。ショートショート自体、ちょっと廃れたイメージがあったのですが、復活の兆しが見られたようで嬉しかったです、何しろ読み易いし。作家さんには大変かもしれませんが(笑)。

フィールダー 古谷田奈月著 集英社 2022年

 ネタばれになってるかもしれません、すみません;

迎え撃て。この大いなる混沌を、狂おしい矛盾を。
「推し」大礼賛時代に、誰かを「愛でる」行為の本質を鮮烈に暴く、令和最高密度のカオティック・ノベル!

総合出版社・立象社で社会派オピニオン小冊子を編集する橘泰介は、担当の著者・黒岩文子について、同期の週刊誌記者から不穏な報せを受ける。児童福祉の専門家でメディアへの露出も多い黒岩が、ある女児を「触った」らしいとの情報を追っているというのだ。時を同じくして橘宛てに届いたのは、黒岩本人からの長文メール。そこには、自身が疑惑を持たれるまでの経緯がつまびらかに記されていた。消息不明となった黒岩の捜索に奔走する橘を唯一癒すのが、四人一組で敵のモンスターを倒すスマホゲーム・『リンドグランド』。その仮想空間には、橘がオンライン上でしか接触したことのない、ある「かけがえのない存在」がいて……。

児童虐待小児性愛ルッキズム、ソシャゲ中毒、ネット炎上、希死念慮、社内派閥抗争、猫を愛するということ……現代を揺さぶる事象が驚異の緻密さで絡まり合い、あらゆる「不都合」の芯をひりりと撫でる、圧巻の「完全小説」!  (帯文より)

 近年、古谷田さんの作品を読んで思うのは、つくづくデビュー作での古谷田さんを私は読み違えていたんだな、ということ。私にはあのデビュー作は、悪く言うと恩田さんの亜流に見えたんですが、自分の書きたいことを精一杯エンタテインメントに寄せた形だったんだろう、と今となっては思う。古谷田さん、自分の文章というか作風を確立したもんなぁ。
 何とも凄まじい作品。よくもまぁ、ここまで色々詰め込んだとも。
 登場人物が全て危うい。読んでるこちらも不穏になって心がざらつく。
 何故か私の中で、登場人物の性別が最初の段階ではっきりしませんでした。読み取り不足以外のなにものでもないんですが、黒岩さんでさえ、「あれ、女性、だよね?」と揺らいでしまった。最初に「彼女」って出てるのに、夫の宮田とのやりとりを読んでる最中にも、男性カップルだったっけ? あれ??と疑惑がよぎる。これは黒岩さんに掛けられていた疑惑の性質と、あと、推理小説の作法を思い浮かべてしまったからなのかもしれませんが(苦笑;)。
 ソシャゲの中でしか知り合っていない人物がどういう年齢でどういう境遇にいるのか、それが分からないのは当たり前で、分かってからより不安は募る。いい方向に向きだしても「いや、ここで終わる筈がない」「またきっと奈落に突き落とされる」とはらはらしながら読み進みました。久しぶり、先が知りたくてついつい後半のページを覗き見してしまいましたよ。やってもいいことないのにねぇ。
 自分のその後を変えたような、心を震わせる名作を書いた作家に痴漢行為をされて、自分が憧れ、尊敬していた人物がそんなことをする人だったという事実に打ちのめされた女性編集者の話は考えさせられました。監督とか俳優とかに何か問題があった場合、作品は作品で当該人物の人徳とは切り離すべきだという話はよく聞くし、私もどちらかと言うとそちら寄りの意見だったのですが、その見解が大きく揺さぶられました。
 橘は結局、黒岩を救わず<隊長>礼を選んだということなんでしょうか。でも人を食べたクマは処分対象になる筈、黒岩さんクマのことを思うならその死に方はよくないわ。
 猫を飼ってる人、心が痛くなるんじゃないかしら。あえて目を瞑ってることだろうから。

梁田清之さん

 ネットで訃報を知りました。まだそんなお年じゃないのに。

 『スラムダンク』のゴリこと赤木役として紹介されている記事が多かった気がしましたが、私の中で一番に思い付くのは、『鎧伝サムライトルーパー』の鬼魔将朱天です。この作品は、本当に夢中になったので。

 敵武将の中では真っ先に対戦してやられて、そのため仲間からは馬鹿にされ、半ばいじめられっ子状態。自分たちの存在に疑問を抱き始めてからは哀愁漂い、その分ファンからも愛情持ってからかわれていたような。でも脇役で、キャラクターソングでは「ヒーローになりたい」とサビでは怒鳴るように歌ってらっしゃいましたっけ。
 『ジャングルの王者ターちゃん』の梁師範もこの方でしたね、ギャグの間が物凄く好きでした。

 低くて重量感のある、頼りがいのあるお声。私が持っている『十二国記』最初のCDブック『東の海神 西の滄海』、延王・尚隆はこの方でした。
 ご冥福をお祈り致します。

たんぽぽ球場の決戦 越谷オサム著 幻冬舎 2022年

「ブンブン振って、ドタドタ走って、ポロポロ落として、
でも最後まで、本気で勝ちに行きましょう!」

 かつて「超高校級」ともてはやされたピッチャーだった大瀧鉄舟は肩を壊して野球の道をあきらめ、人生そのものが停滞したまま20代半ばを迎えてしまった。そのまま生きていくのはツラすぎるけど、現実と向き合って人生をやり直す勇気もなかなか出ない。そんな鉄舟が、ひょんなことから草野球チームを創設することに。慌てて元チームメイトで三塁手だった阪野航太にコーチを依頼、だが募集に応じて来たのは中年サラリーマンの清瀬正巳と、大学生の遠藤奏音のみ。中学まで野球経験者だった清瀬はともかく、奏音は全くの初心者で、硬球に当たったトラウマから、ボールから逃げる癖がついている始末。バッティングセンターで出会った老人 三浦武夫と中学生の孫 カズヨシが加わり、新たな応募者細井隼人や、見学者から乗り込んで来た薬師院しのぶも入ったが、奏音と細井のあまりのできなさに苛立つ場面も。
 そんな元ピッチャーの傲慢さを、航太朗は指摘する。鉄舟の俺様ぶり、ナーバスさは高校の時から実は変わらず、当時から色々やらかしていたらしい。初の対外試合の相手、柳町ヤナギーズのピッチャーが、鉄舟にむき出しの敵意を向けて来るほどに。
 過去の自分の言動を、図書館の古い新聞記事まで見て確認する鉄舟。初心者には改めてプレイを指導、鉄舟自身も慣れない捕手というポジションに就いて、初めてチーム全体を見るという事を経験する。高校当時、自分とバッテリーを組んでいた先輩捕手の偉大さにも、自分の至らなさにも気付く。
 事務作業を疎かにしていたせいで陥ったチーム存続の危機も乗り越え、やがて念願の初試合へ。全員挫折経験ありのへっぽこナインが、河川敷のグラウンドで奇跡を起こす!(……かも)  (出版社紹介文に付け足しました)

 分かり易く爽快な一冊。思い出したのは同じ作者の『階段途中のビッグノイズ』、あれと同じく先が読めてしまう。ああこれが後の伏線になるんだろうなとか、ここらへんでポカがくるよね、とか。予定調和の何が悪い、だって面白いんだから、と胸を張るのも悪くはない。野球が上手くなっていくディティールは細かく丁寧でした。
 ただ、今回のお話がそれほど素直に私に響かないのは、主人公が高校生ではないからなんだろうなぁ。何しろ主人公が年齢の割に伸びしろがあり過ぎる。以前、岡田斗司夫さんだったかが『鋼の錬金術師』を評して、「馬鹿が一人も出て来ない」「馬鹿を成長させるのは簡単だけど、みんな賢いのに成長していくのが凄い」と仰ってて、目からウロコ!な思いをしたんですが、その点で行くと、安易に流れた展開だった気はしなくもない。真に書き込むべきは航太朗だったのかも。
 何歳からでもやり直せる、というメッセージも、もっと私に響く作品で読んでしまってるからなぁ。どうやらひねた私には真っ直ぐすぎる話だったようです。面白かったんですけどね。

おもろい以外いらんねん 大前粟生著 河出書房新社 2021年

 お笑いコンビ Aマッソの加納さんが『アメトーーク!』で紹介されていた一冊。
 ネタばれになってるかも、すみません;

幼馴染の咲太と滝場、高校で転校してきたユウキの仲良し三人組。滝場とユウキはお笑いコンビ<馬場リッチバルコニー>を組み、27歳の今も活動中だが――。優しさの革命を起こす大躍進作。  (出版社紹介文より)

 これはお笑いコンビ<馬場リッチバルコニー>が解散するまでの話。
 咲太は滝場と幼馴染み。滝場が梅雨時すっかりダメになってしまう分、咲太がフォローに回るほどの仲。高校の文化祭で漫才やろうと誘われて満更でもない感じ、だが滝場はミクシィで知り合ったユウキともコンビを組んで、それぞれ漫才をすると言う。
 咲太との漫才は滝場がネタを書き、ユウキとの漫才はユウキが書いたネタをする。咲太との漫才は日常からの延長を描いたもの、だがユウキのネタは不条理に話が飛んでいくシュールなWボケ漫才。どちらもを掛け持ちして練習するうち不安定になる滝場を見て、咲太は解散を持ち掛ける。一度も人前で漫才しなかったけれど。
 そして27歳。咲太はホテルに就職、滝場とユウキは<馬場リッチバルコニー>と言うコンビ名で芸人をしていた。コロナ禍でホテルは経営難、咲太は<馬場リッチバルコニー>らお笑い芸人の、無人の劇場からの配信を見る毎日。やがて滝場のギャグフレーズが受けて、滝場だけが爆発的に売れ始める。ご時勢だのコンプラだのごたごたする中、ユウキの感情がぎくしゃくし始めた。
 アクリル板越しの漫才中、とうとう滝場を殴ってしまったユウキ。もやもやを抱えたユウキが訪れたのは高校の時よく通った公園で、そこにはホテルをクビになった咲太の姿があった。咲太に滝場への思いを吐露するユウキ。そこへ何故か滝場まで現れる。…

 文章によってはなかなかに状況が掴みにくい部分があって、ちょっと戸惑いました。会話で進む部分は誰が喋ってるのか分からなかったり、ピン芸人<つぐみぼんぼんぴょん丸>が女性だと気づくのにも遅れたし。…文章表現にもジェンダー問題が絡むのかもしれないけど、これはちゃんと最初に書いとかなきゃ駄目だろう。
 悩み等々が結構当事者のもので、なるほど、漫才師の人には心に刺さるエピソードが多いかも。ネタ中は半分ウソを纏ってるという台詞は、漫才コントとかではなく、漫才師さん自身がやりとりしているようなネタをしている人には絶対心当たりがある筈。それで壊れかけていた滝場の心持も。身を引く咲太、でも彼らのその後が気にならない筈がなく。
 笑いの基準、環境も変わっていく。「女性に女性をディスらせてよろこんでる」ってのは、男性がやったら絶対アウトだし、女性がやっても今の風潮では笑いより不快感が占める。それを黙って諦めて我慢してたせいで、社会倫理が遅れた過去があるから、それでいいと私は思う。見た目いじりも含めて、順応していかないといけない。窮屈さより、私はそちらが勝つんだよなあ。滝場には、奥歯が砕けるほど歯を食いしばることかもしれないけど。
 「ユウキがどんだけおもろいネタ書いてきても一部の人にしか理解されない」って、それを通訳するのが相方の作業でもあるやろ、とちょっと思いつつ。それを咲太に託すということか。
 咲太は滝場たちとトリオになるのかな。27歳から、って大変だと思うけど、親も泣くんじゃないか、といらぬ心配をしてしまいました。

よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記 西條奈加著 東京創元社 2022年

 シリーズ4冊目。神楽坂で履物屋を営む元芸妓のお蔦さんと、その孫で高校生の望の周りで起こる出来事を描いた連作短編集。

 よろずを引くもの
 神楽坂商店街で、万引きの被害が多発している。対応策もままならない中、犯人を引き留めようとして、和菓子屋「伊万里」の老主人が怪我をしてしまった。望は親友の洋平と、似顔絵を持って商店街を回る。果たして、洋平の実家木下薬局に、それらしい人物が現れた。

 ガッタメラータの腕
 美術部の部長 穴水先輩が半分お遊びで作ったガッタメラータ彫像の腕が無くなってしまった。持っていたエプロンごと、誰かに盗られたらしい。その話題が出た時の反応のおかしさから望は犯人を特定、中等部の女子 尾花さんに目星をつけた。尾花さんは、父親そっくりの彫像を見たくなかったのだという。離婚後、エプロン姿で孤軍奮闘する父親の姿を。

 いもくり銀杏
 五歳と三歳の兄妹が二人きり、お蔦さんの履物屋に連れて来られた。最近引っ越してきたばかりのシングルマザーの子供らしい。置き去りにされてしまった子供は、望たちに頑なな態度を取る。

 山椒母さん
 置屋の元女将さんがお蔦さんを訪ねて来た。お蔦さんも苦手とするほどのぴりっとした気性のその人は、人を探しているという。踊りの名手だったという元芸妓の初乃さん、現在行方不明で唯一の手掛かりは、お蔦さんの元同僚 勝乃姐さん宛の年賀状一枚のみ。現在も踊りを続けているに違いない、と望たちはネットも使った検索に走る。

 孤高の猫
 野良猫のハイドンがいなくなった。最後に目撃された時には、後ろ足を引きずっていたらしい。ご近所の有志で捜索隊まで結成、猫探しに奔走した結果、動物病院で手掛かりを掴んだ。だが、拾い主の男の子からハイドンの方が離れようとしない。孤高のハイドンはどうやら、その男の子に自分が必要だと思っているようだ。その男の子の境遇とは。

 金の兎
 昔馴染みの赤羽吉次を弔問したお蔦さん。対応したのはまだ高校生の美沙希で、吉次の二番目の妻の娘。実は赤羽家は、最初の妻の息子と形見分けで揉めている。息子が欲したのは飾り棚にあった金の兎の置物のみ、だがその兎が見つからない。幼い頃その兎を気に入っていた覚えがある美沙希は、自分がどこかに失くしたのではないかと怯える日々、だがお蔦さんは、漸く兎が見つかったという。

 幸せの形
 楓が父 奉介の誕生日に、ケーキを焼きたいと望に相談してきた。一緒に台所に立てると嬉しさが隠せない望、だが楓の料理の腕はかなりの低レベルだった。母親が全く料理をしないこと、それがよその人に与える印象にコンプレックスを感じている楓。うちの家庭はそれで円満なのに。…

 相変わらず美味しそうなもの満載のシリーズ。
 多少「苦しくないかい、この展開は」と思う箇所もありつつ。
 さらりと軽く書かれているエピソードは、今回は裏に重いものが流れている話も多かったような。『いもくり銀杏』なんて、それで片付けていいの、息抜きが必要とかってレベルじゃないよと思ったし、『孤高の猫』の男の子が背負わされたものは、解決法がないだろう、ってものだったし。
 離婚家庭とかよく出てくるのはご時勢なのか、でもお蔦さんの経歴なら、シングルマザーになってる仲間とかは世間より多かったんじゃないのかしら。それを踏まえた解決策ってのはないんだろうな、昔は辛抱しろの一点張りだった気がするし、パターンもそれぞれだったろうし。
 挿画が変わりましたよね、顔立ちがはっきり描かれてる絵で、これまでのに慣れてる身としてはちょっと違和感がありました。まぁこれは好みの問題ですね。

怪談小説という名の小説怪談 澤村伊智著 新潮社 2022年

 短編集。ネタばれあります、すみません;

 高速怪談
 東京から大阪まで、自動車に乗りあって帰省することになった。ほぼ初対面の四人で夜中の高速道路を走り、うちの一人が「女性の顔が浮かんだ」とイラストをしたためたことから、怪談に花が咲くことに。それはどんどんエスカレートして行き…

 笛を吹く家
 妻と息子と近所を散歩していて、幽霊屋敷のような家を見つけた。着難しい息子も何だか気になる様子、噂ではその家では行方不明になる子供が相次いでいるらしい。やがて妻は、息子をある所に預けるようにになる。 

 苦々陀の仮面
 自主制作のスラッシャー・ホラー映画『苦々陀の仮面』が海外の国際映画賞を受賞した。その精密な暴力描写が話題になって国内でも大ヒット、だが主演した男性が自死し、その母親が「映画で息子が受けていた暴力は実際に行われていたものだ」と告発したことから、周辺が騒がしくなってくる。監督は記事を否定するが、スタッフたちが次々と殺害されて行く。

 こうとげい
 新婚旅行で、山奥の高級リゾートホテルに泊まった。周辺の店を冷やかした帰り、一軒の古家に行きつく。古民家カフェを開く予定だという兄妹に会った、という話をした途端、ホテルの従業員の態度が変わった。最上級の部屋と食事が用意され、だが二人きりで閉じ込められる扱い。だが、地元出身だというスタッフの一人が彼らを部屋から出してくれる。それどころかホテルからすぐ逃げるように、と。

 うらみせんせい
 校舎に閉じ込められた。はじめは猪木ちゃんと二人だったが、親友のメイ、同じグループのさきぷる、クラスメイトの近藤や雨森と会い、その度に行動範囲は広がるものの、一人ひとり惨殺されていく。学校の怪談”浦見先生”に巻き込まれたのだろうか。

 涸れ井戸の声
 先輩の小説家が引退した。未発表の原稿だ、と渡されたUSBメモリに入ってたのは『涸れ井戸の声』という小説にまつわる実録。書いた覚えがないのに来たファンレターを発端として、小説家はあちこちでその噂を聞くようになる。自分の調子が狂ってスランプに陥るほど面白い、でも思い出すのも怖い話。YouTubeで朗読を配信していたタレントが怖さに涙ぐんで読めなくなるほどの。ある日唐突に、小説家は目の前の雑誌にその話が載っているのに気付いた。それも自分が書いた小説として。読みたいという誘惑に、小説家は抗えなかった。

 怪談怪談
 かつて一世を風靡した霊能者 不二胡摩子。表舞台から姿を消した彼女を取材したい、と連絡を取った所、彼女の付き人だという男からある資料を渡された。N岬で行われたこども会の夏合宿、そこでは毎年肝試しが開かれていたらしい。子供の作文や絵、世話役の大人たちの記録。何の関係があるのか訝りながら、不二胡摩子の元へ案内される。…

 最初の話『高速怪談』は読んだことありましたね、アンソロジー集に入ってましたっけ。もう一度読み返すと、語り手の怯えようが不自然な気が…。伏線でもなさそうだし。最初からこんなに怯えるのに理由があるのか、ただ単に怖い話が嫌いというだけだったのかな。
 『笛を吹く家』は冒頭の自転車での散歩の情景が浮かびにくく、これは個人の妄想とかのオチかなと思いきや、現代社会の問題絡みの結末でした。やられたぜ、畜生(苦笑;)。
 復讐譚も何篇か。いじめをするような連中には、こういう作品読ませた方が撲滅に繋がるんではなかろうか。それともそういうことをしているという自覚自体がないかもなぁ。
 実際に一時期メディアを席捲した人たちのその後が書かれた箇所には、「そういうことがあったんだ、へぇ~」と思いました。素直に受け取っていいのかな(苦笑;)。
 スプラッタから民俗学や民間伝承、イタコまでの幅広さ、作者は本当にホラーが好きなんだろうなぁ。それは『苦々陀の仮面』の一節にも見受けられました。そうか、ホラーって決定的な真相解析というかがないんだな、訳の分からなさや時に理不尽さが怖さに繋がるんだな。
 結構なハイペースで発刊している印象があります。無理してないといいんだけど。